iDeCoと新NISA、「いくら積み立てるか」の情報は豊富だが、「いつ・どの順番で受け取るか」の出口戦略を詰めている人は少ない。しかし受取順の設計ひとつで、手取り額に100万円以上の差がつくケースがあります。
筆者自身、副業で貯めた資金をiDeCoと新NISAに振り分けてきたが、50代に入って「受け取り方を間違えると大損するな」と気づいた。2025年の税制改正で退職所得控除のルールが厳格化されたことも大きい。この記事では、2026年5月時点の税制をベースに、退職金・iDeCo・公的年金・新NISAの最適な受取設計を試算付きで解説します。
退職所得控除の基本と「重複排除ルール」を押さえる
退職金やiDeCoの一時金を受け取るとき、大きな節税メリットになるのが「退職所得控除」です。勤続年数(iDeCoは加入年数)に応じて控除額が決まり、控除額を差し引いた残りの半分だけが課税対象になります(国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき)。
控除額の計算式は以下のとおりです。
- 勤続20年以下: 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続20年超: 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
結論から言うと、問題は退職金とiDeCo一時金の両方に退職所得控除を適用する場合の「重複排除」です。短い間隔で両方を受け取ると、控除の二重取りができないよう調整されます。受取順序によって以下のルールが適用されます。
- 退職金が先 → iDeCo一時金が後: iDeCo受取時に「前年以前19年以内」に退職金を受け取っていると、重複する年数分の控除が差し引かれる
- iDeCo一時金が先 → 退職金が後: 退職金受取時に「前年以前9年以内」にiDeCo一時金を受け取っていると、重複する年数分の控除が差し引かれる(2025年税制改正で4年→9年に延長)
つまり退職金→iDeCoの順では19年空けないと重複排除される(iDeCo受取上限の75歳を考えるとほぼ回避不可能)のに対し、iDeCo→退職金の順なら10年空ければ回避できます。この「順番」が出口戦略の核心です。
2025年税制改正で「5年空け」が「10年空け」に変わった
令和7年度税制改正大綱(2024年12月閣議決定)により、iDeCo一時金→退職金の重複排除期間が「前年以前4年以内」から「前年以前9年以内」に延長されました。つまり、従来は5年空ければ控除をフル活用できたのが、10年空けないと重複排除されることになりました(財務省 税制改正の大綱)。
この改正は2026年1月1日以降に受け取る退職所得から適用されます。従来は「60歳でiDeCo一時金→65歳で退職金」と5年空ければ済みましたが、改正後は成り立ちません。
ここが55歳からの準備が重要になる理由です。iDeCoの受給開始は原則60歳から(加入期間10年以上の場合)なので、10年空けるには退職金を70歳で受け取る設計が必要になります。企業によっては退職金の支給時期を選択できる制度があるため、55歳の時点で人事・総務に確認しておくことが第一歩です。
受取パターン3つの税額比較|モデル試算で差額を確認
以下のモデルケースで受取順による税負担の違いを試算します。あくまで概算であり、個別の状況で変わるため、正確な金額は税理士等にご確認ください。
【モデルケース】
- 会社員、勤続35年で60歳定年
- 退職金: 2,000万円
- iDeCo: 加入25年、残高1,200万円
- 公的年金: 年240万円(月20万円、65歳〜)
- 新NISA: 評価額600万円
退職所得控除額はそれぞれ以下のとおりです。
- 勤続35年: 800万 + 70万×15 = 1,850万円
- iDeCo 25年: 800万 + 70万×5 = 1,150万円
パターンA: 60歳で退職金+iDeCo同時受取(税額 約150万円)
同一年に退職金とiDeCo一時金を受け取ると、退職所得控除は重複期間を1回としか数えません。このケースでは控除は勤続35年分の1,850万円のみです。
- 課税退職所得:(2,000万+1,200万−1,850万)÷ 2 = 675万円
- 所得税(税率20%、控除42.75万): 約92万円(復興特別所得税含む)
- 住民税(10%): 約68万円
- 合計: 約150万円
パターンB: iDeCo60歳一時金 → 退職金70歳(税額 約15万円)
iDeCo一時金を60歳で受け取り、退職金を70歳まで繰り延べて10年空ける設計です。重複排除を完全に回避できます。
- iDeCo(60歳): 1,200万−1,150万=50万 → 50万÷2=25万円が課税対象 → 税額約4万円
- 退職金(70歳): 2,000万−1,850万=150万 → 150万÷2=75万円が課税対象 → 税額約11万円
- 合計: 約15万円
パターンAとの差額: 約135万円。受取順序と間隔を変えるだけで、これだけの差が出ます。
パターンC: 退職金60歳一時金 → iDeCoは年金受取(税額 約50〜70万円)
退職金を60歳で受け取り、iDeCoは年金形式(5〜20年の分割)で65歳から受け取る設計です。退職金の繰延ができない場合の次善策になります。
- 退職金(60歳): 2,000万−1,850万=150万÷2=75万 → 税額約11万円
- iDeCo年金(65歳〜): 公的年金240万円と合算して「公的年金等控除」(65歳以上で110万円)を適用。年間受取額を60万円に設定すると合計300万円、控除後の雑所得は190万円。税率に応じて年間約4〜6万円の追加課税が15〜20年続く
- 合計: 約50〜70万円(iDeCoの受取期間により変動)
パターンBほど有利ではないが、パターンAより大幅に改善できます。退職金の支給時期を動かせない人は、まずこのCを検討しましょう。
新NISAの出口は「非課税」だから最後に回す
新NISAの売却益・配当は非課税です(金融庁 新しいNISA)。いつ売っても税金がかからないため、出口戦略では新NISAを「最後の砦」として残すのが合理的です。
具体的な優先順位は以下のとおりです。
- 60歳: iDeCo一時金を受け取る(退職所得控除をフル活用)
- 65〜70歳: 公的年金+退職金(繰延できた場合)で生活費を賄う
- 70歳以降: 年金だけでは不足する分を新NISAから取り崩す
新NISAは非課税で運用し続けられるため、取り崩しを後にするほど複利効果が大きくなります。600万円を年利5%で10年運用すれば約977万円(税引後もそのまま)。編集部でシミュレーションしたところ、60歳で売却する場合と70歳まで持つ場合で約377万円の差が出ました。
55歳から始める出口戦略チェックリスト
読者からよく聞かれるのが「何から手をつければいいか」です。55歳の今から始める具体的なアクションを整理しました。
- 退職金の支給時期を確認する: 人事・総務に「退職金の支給を65歳または70歳に繰り延べられるか」を確認。選択制退職金の場合、申請期限があるので早めに動く
- iDeCoの加入年数と残高を確認する: iDeCo公式サイトまたは運営管理機関で確認(iDeCo公式サイト)。加入年数で退職所得控除額が決まる
- 退職所得控除の試算をする: 勤続年数・iDeCo加入年数それぞれの控除額を計算し、パターンA〜Cの税額を概算する
- 新NISAの資産配分を見直す: 70歳以降の取り崩しを想定し、60歳以降は値動きの小さい資産(バランスファンド、債券ファンド等)の比率を上げることを検討する
- 公的年金の見込額を確認する: 「ねんきんネット」(日本年金機構)で受給見込額を確認し、iDeCoを年金受取する場合の合算額を把握する
- 税理士・FPに相談する: 退職金の額、勤続年数、iDeCo残高、他の所得を総合的に判断するには専門家の試算が確実。年間1〜3万円の相談料で100万円以上の差を防げる可能性がある
FAQ
iDeCoの一時金と年金受取は併用できますか?
はい、併用できます。残高の一部を一時金で、残りを年金形式で受け取る「併給」が可能です。運営管理機関によって対応が異なるため、加入先に確認してください。退職所得控除の枠内で一時金を受け取り、残りを年金にするのが有利なケースが多いです。
退職金の繰延ができない場合はどうすれば?
退職金が60歳支給で動かせない場合は、パターンC(退職金一時金+iDeCo年金受取)を検討してください。iDeCoの年金受取額を年間60〜80万円に抑え、公的年金等控除の枠をうまく使えば、パターンAより50〜80万円以上の節税が見込めます。
新NISAは何歳まで非課税で持てますか?
新NISA(2024年〜)は非課税保有期間が無期限です。何歳まで持っていても売却益・配当に税金がかかりません。そのため、他の課税口座の資産から先に使い、新NISAは最後に取り崩すのが原則です。
iDeCoの受取開始を75歳まで延ばすメリットはありますか?
75歳まで延ばすと運用期間が延びるメリットがありますが、退職金との重複排除の観点では、60歳受取→退職金70歳繰延(10年空け)の方が控除をフル活用できます。延ばしすぎると相続時に「みなし相続財産」として課税される点にも注意が必要です。
公的年金の繰下げ受給と出口戦略はどう組み合わせますか?
公的年金を70歳まで繰り下げると年金額が42%増額されます(日本年金機構)。ただし繰下げ中の生活費をiDeCoや新NISAで補填する必要があるため、全体のキャッシュフローを試算した上で判断してください。
参考文献
- No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得) — 国税庁タックスアンサー
- 税制改正の大綱 — 財務省(令和7年度税制改正大綱を含む)
- 新しいNISA — 金融庁
- iDeCo公式サイト — 国民年金基金連合会
- ねんきんネット — 日本年金機構
- No.1600 公的年金等の課税関係 — 国税庁タックスアンサー