2026年1月から、退職所得控除の「5年ルール」が「10年ルール」に変更された。iDeCoと退職金を両方受け取る人にとって、受取順序と時期の選び方で手取りが数十万〜100万円以上変わるケースがある。

編集部で年収400万・600万・800万の3パターンをシミュレーションしてみたところ、年収600万円で約40万円、年収800万円で約100万円の差がつく結果になった。この記事では、改正の中身と受取戦略の最適解を実数字で整理する。

退職所得控除「5年→10年ルール」改正の概要

令和7年度税制改正大綱(2024年12月20日与党公表、同年12月27日閣議決定)により、退職所得控除の重複排除期間が拡大された。施行日は2026年1月1日である。

結論から言うと、変更点はシンプルだ。

  • 旧ルール: iDeCo一時金を受け取った後、5年以上空ければ退職金にもフルの退職所得控除が適用された(法令上は「前年以前4年以内」に受取がある場合に調整)
  • 新ルール: 間隔が10年以上必要に拡大(法令上は「前年以前9年以内」に受取がある場合に調整)

つまり、これまで「60歳でiDeCo → 65歳で退職金」と5年空けて非課税にできた戦略が、2026年1月以降は通用しなくなった。

なお、退職金を先に受け取り → 後からiDeCo一時金の場合に必要な間隔は従来どおり20年(19年ルール)で変更されていない。また、2025年12月31日以前にiDeCo一時金を受取済みの人には旧ルールが適用される(財務省 令和7年度税制改正の大綱)。

退職所得控除と税額の計算方法

シミュレーションに入る前に、退職所得控除の計算式を確認しておこう(国税庁 No.1420)。

退職所得控除額

勤続年数控除額
20年以下40万円 × 勤続年数(最低80万円)
20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

たとえば勤続30年なら、800万円 + 70万円 × 10年 = 1,500万円。iDeCo加入20年なら、40万円 × 20年 = 800万円 だ。

退職所得と税額

退職所得は分離課税で、以下の式で計算する。

退職所得 =(退職金額 − 退職所得控除額)× 1/2

この退職所得に対して所得税(5〜45%の累進税率)と住民税(一律10%)がかかる。

新ルールでの「調整」の仕組み

iDeCoを一時金で受け取った後、10年以内に退職金を受け取ると、勤続期間の重複部分に対応する控除額が2回目(退職金)の控除から差し引かれる。

具体的には、iDeCo加入20年が会社の勤続期間と完全に重複している場合、退職金の控除額から重複20年分(=800万円)が差し引かれる。勤続30年の人なら、控除は1,500万円 − 800万円 = 700万円に減る計算だ。

【年収別シミュレーション】5年間隔受取の税額比較

以下の共通条件で、旧ルールと新ルールの税額を比較した。

共通条件

  • 勤続年数: 30年
  • iDeCo加入: 20年(全期間が勤続期間と重複)
  • 受取順序: iDeCo一時金@60歳 → 退職金@65歳(5年間隔)
  • iDeCo残高: 全パターン共通で700万円(月額2.3万円 × 20年、年利約3%想定)
  • 税額は所得税+住民税の合計(復興特別所得税2.1%は省略)

年収400万円モデル(退職金700万円)

項目旧ルール新ルール
iDeCo退職所得0円(控除内)0円(控除内)
退職金の控除額1,500万円700万円
退職金の退職所得0円(控除内)0円(控除内)
合計税額0円0円
増税額0円(影響なし)

退職金700万円は調整後の控除700万円と同額のため、結果的に非課税。年収400万円台で退職金が控除額以下の場合、改正の実質的な影響はない。

年収600万円モデル(退職金1,200万円)

項目旧ルール新ルール
iDeCo退職所得0円0円
退職金の控除額1,500万円700万円
退職金の退職所得0円250万円
退職金の税額0円約40.3万円
合計税額0円約40.3万円
増税額約40.3万円

退職所得250万円の内訳: 所得税 250万円×10%−9.75万円=15.25万円、住民税 250万円×10%=25万円。旧ルールなら非課税だった退職金に約40万円の課税が発生する。

年収800万円モデル(退職金1,800万円)

項目旧ルール新ルール
iDeCo退職所得0円0円
退職金の控除額1,500万円700万円
退職金の退職所得150万円550万円
退職金の税額約22.5万円約122.3万円
合計税額約22.5万円約122.3万円
増税額約99.8万円

退職金が高額になるほど影響が大きい。年収800万円クラスでは約100万円の手取り減になる。退職所得550万円の税額内訳: 所得税 550万円×20%−42.75万円=67.25万円、住民税55万円。

受け取り順序の最適解3パターン

自分で実際にシミュレーションしてみて分かったが、「何も考えずに5年空けて両方一時金」はもう最適解ではない。以下の3パターンから、自分の退職時期と年金プランに合った方法を選ぶのが現実的だ。

パターン①: iDeCo先@60歳 → 退職金@71歳以降(10年超の間隔を確保)

10年以上空ければ重複排除の調整が発生しないため、両方にフルの退職所得控除が使える。税額は旧ルールと同じ結果になる。

メリット: 税額が最も少ない(年収600万なら税額0円)

デメリット: 71歳以降まで退職金を受け取れない。再雇用・定年延長制度がある企業でなければ難しい

向いている人: 65歳以降も同じ会社で働き続ける予定の人

パターン②: 退職金を一時金@60歳 → iDeCoは年金受取@60歳以降

退職金を先に一時金で受け取り(1回目なのでフル控除)、iDeCoは「年金形式」で受け取る。年金受取にすると退職所得ではなく雑所得になるため、退職所得控除の調整規定がそもそも適用されない。

年収600万円モデルで試算すると以下のとおり。

  • 退職金1,200万円(控除1,500万円)→ 税額0円
  • iDeCo 700万円を15年で年金受取(年約46.7万円)
  • 65歳以降、公的年金(年150万円想定)と合計で年約197万円
  • 公的年金等控除110万円(65歳以上)を適用 → 雑所得87万円/年
  • 基礎控除48万円等を差し引いた年間の税負担は約3万円前後
  • 15年間の税負担合計: 推定20〜30万円

5年間隔の一時金受取(新ルール、税額40.3万円)と比べて10〜20万円の節税になる可能性がある。

メリット: 60歳で退職金を満額受け取りつつ、iDeCoの税負担を分散できる

デメリット: 年金受取分が毎年の所得に加算されるため、国民健康保険料・介護保険料が上がる可能性がある。社会保険料まで含めた総負担の試算が必要

向いている人: 60〜65歳で退職し、iDeCoを急いで一括で受け取る必要がない人

パターン③: iDeCoの「一時金+年金」併用受取

iDeCoは一時金と年金を組み合わせて受け取ることも可能だ(iDeCo公式サイト 受取方法)。退職所得控除の枠内を一時金で非課税受取し、枠を超えた分だけ年金に回す方法が考えられる。

メリット: 一時金で必要な分をすぐ受け取りつつ、税負担を最小化できる柔軟さがある

デメリット: 運営管理機関(金融機関)によっては併用受取に対応していない場合がある。事前に確認が必要

改正で見落としやすい3つのポイント

1. 企業型DCも対象

今回の改正はiDeCoだけでなく、企業型確定拠出年金(企業型DC)の一時金も対象だ。企業型DCを一時金で受け取った後に退職金を受け取る場合も、10年ルールが適用される。

2. 源泉徴収票の提出範囲が拡大

2026年1月以降、退職所得の源泉徴収票は役員だけでなく全従業員分が税務署・市町村への提出対象になる。企業の事務負担増も見込まれている。

3. 書類の保存期間が7年→10年に延長

DC一時金に係る「退職所得の受給に関する申告書」の保存期間が7年から10年に延長された。新ルールの調整期間(10年)に合わせた措置だ。受け取り時の書類は必ず保管しておこう。

FAQ

2025年中にiDeCoを一時金で受け取れば旧ルール(5年)が適用される?

その通り。新ルールが適用されるのは「2026年1月1日以降にDC一時金の支払いを受ける場合」だ。2025年12月31日以前に受取済みであれば旧ルールが適用される。ただし、受取手続きには数週間かかるため、駆け込みを検討する場合は早めに運営管理機関に確認しよう。

退職金が先、iDeCoが後の順序でも影響がある?

退職金を先に受け取り、後からiDeCo一時金を受け取る場合に必要な間隔は従来どおり20年(19年ルール)で変更されていない。今回の改正で変わったのは「iDeCo/DC一時金が先 → 退職金が後」の場合のみだ。

iDeCoを年金受取にすると確定申告は必要?

iDeCoの年金受取は「公的年金等の雑所得」として課税される。公的年金と合わせた年間の雑所得が一定額を超えると確定申告が必要になるケースがある。65歳以上で公的年金等の収入が400万円以下、かつ他の所得が20万円以下であれば確定申告不要制度の対象となる(国税庁 No.1600)。

勤続年数とiDeCo加入期間に重複がなければ影響はない?

重複排除の調整は「勤続期間とiDeCo加入期間が重なっている部分」に対して行われる。たとえば退職後にiDeCoに加入した場合など、重複期間がゼロであれば調整は発生しない。

つみたてNISAや新NISAには影響がある?

NISAは非課税口座であり、退職所得控除とは無関係。今回の改正の影響はない。

参考文献