相場が10%、20%と落ちてくると、頭では「長期投資だから大丈夫」と分かっていても、証券口座を開くたびに胃が痛くなる。そういう状態のとき、人は「今すぐ売って損失を確定させるか、このまま持ち続けるか」という選択に迫られる。
結論から言うと、過去のデータを見れば「下落時に売る」という判断は、ほぼ例外なく長期リターンを大きく毀損する。この記事では、その「数字の根拠」と、不安な気持ちを押さえる「行動の型」を整理する。
下落時に売ると何が起きるか:数字で見る機会損失
米国のS&P500は2000年以降、主要な下落局面として以下を経験している(2026年7月時点の過去データ):
- 2000〜2002年 ITバブル崩壊:最大約-49%
- 2008〜2009年 リーマンショック:最大約-57%
- 2020年3月 コロナショック:最大約-34%(その後数カ月で回復)
- 2022年 インフレ・利上げ局面:最大約-25%
これらの局面で「もう耐えられない」と売却した場合、その後に訪れる回復相場への参加機会を失う。例えば2020年3月の最安値付近で全売却した場合、その後1年でS&P500は約75%上昇した。売った人は、この上昇をゼロで受け取ることになる。
JPモルガン・アセット・マネジメントが毎年公表している「Guide to the Markets」によれば、S&P500の過去20年間において、パフォーマンス上位10日間を逃すだけで年率リターンが約4〜5ポイント低下することが示されている。そしてこの「最も上昇した日」の多くは、最大の下落から数日以内に起きている。
つまり「危険だと感じて逃げた直後」に最大の反発が来ることが多く、その日を外すと長期リターンが大きく棄損するという構造になっている。
積立投資の数理的優位性:ドルコスト平均法の本当の意味
毎月一定額を積み立てる「ドルコスト平均法(DCA)」の本当の強みは、下落局面で「安く買える口数が増える」点にある。
たとえば毎月3万円をオルカン(全世界株式インデックスファンド)に積み立てているとする。
- 基準価格が1万円のとき → 3口購入
- 基準価格が7,000円に下落したとき → 約4.28口購入
- 基準価格が1万2,000円に回復したとき → 2.5口購入
下落時に「より多くの口数」を買っているため、回復時の恩恵が大きくなる。積み立てを止めたり売ったりすると、この「安く仕込む機会」をすべて失う。特に積み立て開始から3〜5年以内の初期フェーズでは、下落は将来の平均取得単価を下げるチャンスでもある。
なお、新NISAの成長投資枠・積立投資枠では、売却してしまうと「枠の復活」は翌年まで待つ必要がある(2026年8月時点の制度設計。詳細は金融庁 NISAの概要を参照)。下落時に感情的に売って枠を無駄にすると、非課税で積み立て直す機会が1年単位で失われる。
「今売るべきか」の判断軸:5つのチェックリスト
以下に該当する場合は売却を検討してもよい。逆に言うと、どれにも該当しないなら売る理由は薄い。
- 生活費の3〜6カ月分を投資口座とは別に現金で確保できていない
緊急資金が不足している場合は、下落時でも一部売却する必要が出てくる。これは投資設計の問題だ。今後は生活防衛資金を先に確保してから投資額を決める。 - 2〜3年以内に確実に必要な資金を投資に回している
子どもの大学入学資金や住宅購入の頭金など、期限が決まっている資金はインデックスファンドに向かない。下落のタイミングと支出時期が重なると強制売却になる。 - レバレッジ(借入)を使って投資している
信用取引や借り入れを使っている場合は、下落が損失の雪だるまになるリスクがある。ノーレバレッジの積み立てなら、この判断軸は関係ない。 - 投資先の「事業そのもの」に構造的な問題が起きている
インデックスファンドは世界中の何百〜何千もの企業に分散投資しているため、特定企業の不祥事や特定国の政変で全体が永続的に崩れることはまずない。個別株の判断軸をインデックスに当てはめないこと。 - 自分の投資方針が最初から「値上がり益目的の短期売買」だった
最初からトレーディング目的なら話は別だが、長期積立として始めたなら、その方針に照らして「今売るべきか」を判断する。
積み立て目的のインデックスファンドで、上記5つのどれにも該当しないなら、売る理由はほぼない。感情的な「怖い」は判断軸にならない。
下落時に取るべき具体的な行動
何もしない(=積み立てを続ける)ことが正解だが、「何かしたい」という焦りを別の行動に向けることが、長期で継続するコツだ。
1. 証券口座を開く頻度を減らす
毎日口座を確認するのは百害あって一利なし。月1回か、積立設定の確認だけにする。スマホアプリの通知も切る。
2. 生活防衛資金を再確認・補充する
下落相場は「自分の財務設計を見直す良い機会」と捉える。緊急資金が3カ月分に満たなければ、投資額を一時的に減らして現金を積み増す。これは「逃げ」ではなく適切なリスク管理だ。
3. 過去の回復データを見る(1回だけ)
S&P500やMSCIオール・カントリーのチャートを10年・20年スパンで見ると、どの下落も長期では「凹みの1つ」に見える。これを1回見て腹落ちさせる。何度も見ると逆効果になるので1回でよい。
4. 積立額を増額する(余裕がある場合のみ)
精神的・資金的に余裕があれば、下落局面はスポット購入や積立増額のタイミングと捉えることもできる。ただし余裕資金の範囲でのみ実行する。無理に増額して後で現金不足になると逆効果だ。
5. 「なぜ積み立てを始めたか」を書いたメモを見返す
老後資金、子どもの教育費、経済的自立——最初に設定した目標を確認する。20年後・30年後の自分のための投資だったはずなら、今年の相場は雑音に過ぎない。
メンタルを安定させる「数字の拠り所」
感情的な不安には、具体的な数字が一番効く。以下の3つを自分の数字で計算して手元に置いておくと、下落時の判断精度が上がる。
自分の「実質的な下落率」を計算する
たとえば評価額が100万円から80万円に減っても、投資元本(拠出した実際の資金)が90万円なら損失は10万円だ。さらに積立期間中に「下落時に安く仕込んだ口数」の恩恵を含めると、帳面上の損失と経済的な実態はずれる場合が多い。
「何年後に使う予定か」を再確認する
2026年現在、20〜40代で積み立てを始めた人の多くは「20〜30年後」を目標にしている。過去データでは、S&P500の任意の20年スパンでマイナスで終わったケースはほぼない(Portfolio Visualizerで確認可能)。
「売ったとして、その資金をどこに移すか」を考える
インデックスから撤退した後、現金のまま置いておくと今度はインフレリスクにさらされる。日本のインフレ率は2022〜2025年にかけて年2〜4%前後で推移してきた(総務省「消費者物価指数」)。何もしないことにもリスクがある、という視点を忘れないことだ。
FAQ
下落が続くなら、一旦売って底値で買い直すのが合理的では?
「底値がどこか」は誰にも分からない。プロのファンドマネージャーでも底値での再エントリーは再現性がない。売却→再購入の繰り返しは手数料・税コスト(NISA枠消滅含む)も発生する。長期積立においてタイミングを狙う戦略は統計的に不利だ。
20%下落は「積み立てを増やすチャンス」と聞いたが、増額する資金がない場合は?
増額できない場合は、現状の積立を「止めない」だけで十分だ。積み立てを継続することで自然とドルコスト平均の恩恵を受ける。生活を圧迫してまで増額する必要はない。
新NISAで積み立てていて、含み損が出た。売って損失確定すれば節税になるか?
NISA口座の損失は他の口座の利益との損益通算ができない(2026年8月時点の制度)。したがって「節税目的の損失確定(タックスロスハーベスティング)」はNISAでは機能しない。NISAでの売却は純粋な損失確定であり、課税口座のような節税メリットはない。
リーマンショック級の下落が来たらどうすればいい?
リーマンショック時(2008〜2009年)でもS&P500は約5〜6年で元の水準に戻っている。下落幅が大きいほど回復に時間がかかる傾向はあるが、世界経済全体が永続的にゼロになる事態は考えにくい。そのような事態になれば現金も不動産も価値を失うため、インデックスファンドだけの問題ではない。
積み立て開始1年未満で大きく下落した。今やめたほうがいいか?
積み立て初期ほど、下落は「平均取得単価を下げる期間」として機能する。1年未満の運用期間で含み損が出ていても、その後の回復と積み立て継続で損益が改善するパターンが多い。やめるのは最もコストが高い選択肢の一つだ。
参考文献
- Guide to the Markets — JPモルガン・アセット・マネジメント, 2024年版
- NISAの概要 — 金融庁, 2024年
- 損益通算の範囲と損益通算できないもの — 国税庁
- 消費者物価指数(CPI) — 総務省統計局
- MSCI ACWI Index — MSCI(全世界株式指数の基礎データ)